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東部方面隊 名前の由来  昔な歴史

1952年当時「防衛予備隊」。当時は連邦本島が卓上自衛隊と運用していましたが、対外からの防衛・先制攻撃が必要となり「連邦軍」として運用されることになりました。しかし南智利斗国は勢力圏から遠いこともあり幸い戦争に巻き込まれる事はありませんでした。卓上自衛隊として運用していた連邦も自衛を主張したのはほんとに短い期間でした、軍に昇格した連邦に「方面隊」という言葉がいらなくなりました。この頃、智利斗は「防衛予備隊中部方面隊」という長い名前になっていました。連邦軍が「卓上自衛隊」をやめたので1963年9月、南智利斗国が「卓上自衛隊」を受け継ぎました。その際に連邦の当時の大統領から「中部方面隊ではなく東部方面隊と命名しましょう!」と言われて今日に至っているのが「南智利斗国卓上自衛隊東部方面隊」である。東部方面隊になってからの智利斗は次々と新型装備を調達し新たな任務に挑戦している。  これからも智利斗国並びに卓自をよろしくお願いします。
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一昔前の東品川中央区の様子 

SA3D0046.jpg民衆に向かって高圧放水する特型警備車
SA3D0045.jpg機動隊側からの視点。

瀬圏白図が総理時代の頃の南智利斗の様子です。ご覧になって分かると思いますが基本的にあの頃は智利斗はドコもかしこも戦場だった…という事が分かって頂ければ幸いです…はい。 瀬圏白図時代機動隊の出動率は毎日ほぼ100%、負傷者数は日に日に増えていき連邦本島の官僚からは「毎日機動隊員を500名ずつ怪我させたら智利斗は何日持つんだ?」と言われた事にキレた警務大臣は「だったら催涙ガスを連中にブチ込んで警棒でブッ飛ばしてやりますよ!!」とキレ気味で言い放った、翌日から言葉通り強行作戦が実施され日々の暴動は2週間で沈静化した。警務大臣も流石にこんなに早く沈静化するとは思っていなかったと驚いていた

旧東部方面即応中隊(特機隊前身) 武装活動死体事件 広報科より

この文章はかなり長くてつまらいと思いますが時間があるなら読んでみて下さい。(笑) 駄文と思った方は読まない事をオススメします。

主人公・俺(仮名)当時28歳 3等卓尉

今日はいつも通りに何も無い…  俺は小銃を肩に掛け直し自分の隊のトラックに乗り込んだ。利根川訓練場から東品川駐屯地までは片道1時間半程の道のりだ。トラックはひたすら細い山道を駆け抜けて駐屯地へ帰還の道を走った。さっきまでうるさかった車内もうたた寝する者も出て来た。うるさかった車内も気がついたら不気味と静まり返っていた。 平和な光景だな…と思ったその時!前方から「ガシャン!!!」という激しい激突音と共に衝撃で数人が車内に転がる。 俺「止まった…?」班長「けが人はいないか?」幸い誰もいなかった。班長「木子(キゴ)!福村!周囲の確認に行け!」 2人は勢いよく車外に出る。俺も幌を上げて周囲を確認した。間違いなく訓練場からの帰還の道だった。寝ていた隊員もビックリして車外を見回す。その直後、「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 俺「班長!!2人の声ですよ!!」 班長「3名で確認に行け!」 俺は小銃を構えながら他の奴と周囲を警戒しつつ前進。ハンドシグナルで行けの合図を出して確認に向かう。 見るとそこには4人の死体と血だまりがあった…。 俺「運転手達もか…つーか何なんだよ…何が起きたんだ?」 警戒しつつ運転席を確認。生々しい血痕がいたる場所に付着…2人分だしな。「先輩…やっばぃですよ。これ。うぇ、吐きそう…」「リバースなら警戒しながらにしろよw」 俺は内心焦っていた。工作員か?特殊部隊か?俺の思考はその二択を考えるのが精一杯だった。とりあえず、戻ろう! 急いで車内へ戻ろうとした その時! 「先輩!…あれ何ですか?!」 顔を向けるとこの世のものとは思えない人?のようなものが槍を持って佇んでいた。 俺「こちらは南智利斗國卓上自衛隊だ!そこで何をしている!?」規定通りにまずは警告。当然、応答はない 俺「武器を捨てろ!両手を上げて地面にうつ伏せになれ!」より大きい声で小銃を構えながら怒鳴る。緑のヘルメット?みたいな物を着用した気味の悪い奴はゆっくりとこちらに近づいてくる…{逃げろ!}俺の直感が教えた。 俺「威嚇射撃しつつ退却しろ!!車に戻れー!!」思わず怒鳴っていた。 幌から何人かが顔を出していた。俺「弾込めしろ!変なのが来るぞ!!」みんな慌ててマガジンを装填する。班長「各員警戒強化!奇襲に備えろ!」左隣にいた来嶋が奴からの槍の攻撃(メット貫通だと!?)を受け倒れる。「うわぁぁぁぁあ!!」俺はフルオートで奴の身体に7.62ミリ弾を喰らわせた。黄緑色の液体を噴出しながら奴は倒れた。 怪物と来嶋の確認に行くとやはり死んでいる。来嶋のドックタグを取って車内へ戻る。俺「班長、救援を呼びましょう。このままでは、危険です。」 班長「一体何が起きてるんだ…?たった10分で5人も殉職したんだぞ?救援を呼んでも犠牲が増えるだけじゃないか…。」 それから結局援軍を要請。1時間援軍を待ったが何か起きることは無く救援も問題なく到着し生き残りは全員助けられた。結局、隊員5名+怪物1名が死亡  公安事案になってしまい自衛隊は関与できず取り調べだけ強制された。

これは、松吉政権の前の代表。瀬圏白図(セケンシラズ)総理時代の事件で報告後すぐに隠蔽された。幕僚長や東部方面即応中隊に箝口令が敷かれた。 今になって公表された理由として幕僚長は「こういう特異事案は公表しないと万が一の事態に國民が対応できない。」として公表することを決定したとのこと。 実はこの国はオカルト大国なのであるww 

長々と呼読んでいただきありがとうございました。矛盾などあると思いますが、よければ拍手をw ダメだしはメールでお願いします。 

卓上自衛隊のミステリーな歴史 土島沖行方不明事件

1987年当時の第68航空隊(現・東部方面ヘリコプター分隊)の乗員7名を乗せたヘリコプターが土島沖で突然、中央管制室のレーダーから消息を絶つという事故が発生した。すぐに救助隊が現場海域に急行したが乗員も機体の残骸も発見することが出来なかったという。その数日後に警備用のゴムボートが哨戒中に海面にフライトレコーダーを発見!本部に持ち帰り解析すると奇妙な音声が入っていたという。 これがそのやり取りです。
機長…機 副長…副 隊員…A フライトレコーダー…フレ と表記します。

機「ブロッケン1、CO(管制センター)オクレ!」しかし、管制センターに声は届いていた。 
副「応答しませんね。故障でしょうか?」
機「そんな馬鹿な。飛行前まで格納庫にいたんだぞ?」
副「しかし…ん?あれは何でしょうか?2時の方向600メートルです」
機「うぉ!すげぇ!え、何あの光?お告げ?w」
副「え…何かヤバくないですか…。変ですよ!!」
機「CO!!こちらブロッケン1!土島沖にて特異現象発生中!おぃ!聞いているのか!?」
副「機長ここはマズイですよ!変針しましょう!非常事態宣言しましょう!」
機「そ…そうだな。ブロッケン1からCO!オクレ!こちらブロッケン1!…クソ!繋がらねー!なんでだ!」
A「機長!右翼側に島があります!」
機「何!?この海域の島はとっくの昔に海の底のはずだ!!」
副「油圧がドンドン落ちています!不時着しましょう!!」
機「後で、問題にならんといいが…」
副「何呑気なこと言ってんすか!!死ぬよりマシでしょうが!!俺まだ、家に3歳の息子と嫁いるんですから帰りますよ!」
機「分かった!降りるぞ!」機「陸見えた!行くぞ!」
一同「うわぁーーーーーー!!!!!掴まれーーーー!!」 
フレ「ピュイーーーーゴーーードォーーーーーン ザーーーーーー」   

というのが発見されたフライトレコーダーの墜落?直前からの記録でした。 そもそもこの海域の島は機長の言う通り、とうの昔に海の底だった。しかも、この事件の後からこの海域では行方不明事件が多発。漁船、航空機あらゆるものが消えた。これに対し智利斗国は卓上自衛隊の訓練海域として徹底的に海上封鎖を行った。結果、表面上事態は解決したが原因や消息は未だに謎のままである。

卓上自衛隊の歴史 広報科より

卓上自衛隊は1947年3月に「防衛予備隊」として創設されました。当時は治安維持活動の延長という名目であったために予算は警察以下の低予算で隊員に払う給料がなかったこれに困った幹部隊員は闇金等に借金をしていたという。その後、1952年ミクロ諸島奪還戦争を機に内閣議会で「防衛予備隊に予算を足して装備、人員の拡充をはかるべきだ!」と意見が続出した。すぐさま予算が調整されてあっという間に借金は返済され装備品も更に拡充した。 これを境にどんどん新型装備が支給されていった。
しかし1956年、軍拡化を反対していた{人民平和党(現・勝利の道)}が旧防衛省に手製のロケット砲を発射した(被害・微)これに対し連邦警視庁は全力で人民平和党を潰し解散させた。
1963年国土防衛のための法律が整った。こうして出来た卓上自衛隊のモットー{精鋭無比・無慈悲}という言葉が誕生した。
 
    とりあえず本日はココまでにしておきます~
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卓上自衛隊 東部方面隊総隊司令部

Author:卓上自衛隊 東部方面隊総隊司令部
ようこそ卓自東部方面隊総隊司令部へ!
自己満足で活動などの紹介をしております。

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